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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)10505号 判決 1987年3月12日

原告 甲田株式会社

右代表者代表取締役 甲野一郎

右訴訟代理人弁護士 入倉卓志

同 小川休衛

被告 甲野二郎

<ほか三名>

被告ら訴訟代理人弁護士 宮崎正明

主文

一  被告らは、それぞれ、原告に対し、金二一四万八三二二円及び内金である別紙債権目録(三)「認容額」欄記載の各金員につき同目録「損害金起算日」欄記載の日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は二分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一申立て

一  請求の趣旨

1  被告らは、それぞれ原告に対し、金四九〇万一八九四円及び内金である別紙債権目録(一)「各被告に対する請求金額」欄記載の金額につき同目録「損害金起算日」欄記載の日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  請求原因

1  原告は、昭和一二年一一月一八日に設立され、汽缶汽機等の製造、修理並びに売買等を営んでいる株式会社である。

2  被告ら及び原告会社の代表取締役である甲野一郎(以下「一郎」という。)の五名は訴外亡甲野太郎(以下「亡太郎」という。)及び同亡甲野花子の子であって、一郎は長男、被告春子は長女、同二郎は二男、同夏子は二女、同松夫は亡太郎夫婦の養子であり、かつ被告春子の夫である。

3  別紙物件目録(一)記載の土地(以下「大島五丁目の土地」という。)は原告の所有であったが、被告らを控訴人とし、原告を被控訴人とする東京高等裁判所昭和五五年(ネ)第一〇二七号土地所有権移転登記等請求控訴事件の確定判決(昭和五九年五月確定)において、昭和三八年月日不詳交換により、亡太郎に所有権が移転され、同人が昭和四五年一一月二六日死亡し、前記甲野花子も昭和四六年九月八日死亡したことにより、被告ら及び一郎の五名がそれぞれ五分の一ずつの共有持分を相続したものと認定された。

4  所有者に課せられる固定資産税及び都市計画税(以下「税金」という。)は四期に分納することが認められ、毎年一期分は四月末日、二期分は七月末日、三期分は一二月二七日、四期分は翌年二月末日と、それぞれ納期限が定められている。大島五丁目の土地は登記簿上、原告所有名義に登記されているため、前記各税金は東京都江東都税事務所から原告に課税され、原告は、別紙債権目録(一)(以下「別表(一)」という。)記載のとおり、昭和四六年度分から昭和五九年度分までの税金を各納期限に支払った。

5  ところで、大島五丁目の土地は前記のとおり被告らが各五分の一の共有持分権者であることが前記判決で確定したものであるから、原告が支払った合計二四五〇万九、四七〇円の税金の五分の一である四九〇万一、八九四円は原告の損失において各被告がそれぞれ不当に利得したものであり、従ってこれを原告に返還すべきものである。また、被告らはいずれも悪意の受益者である。

よって、原告は被告らに対し、それぞれ前記四九〇万一、八九四円及び内金である別表(一)記載の各年度における各被告に対する請求金額に対する損害金起算日の日から右完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1ないし3の事実を認める。

2  同4の事実のうち、大島五丁目の土地が登記上原告の所有名義となっていることは認め、その余は知らない。

3  同5の事実は否認する。

三  抗弁

1(一)  亡太郎は原告(商号変更前は株式会社甲田鉄工所)を創設し、代表取締役であったが、昭和三〇年二月に退任し、長男一郎にその地位を譲った。その際、亡太郎が一郎に原告の発行済株式の七割を無償で譲渡すると共に、原告所有の大島五丁目の土地と亡太郎所有の別紙物件目録(二)記載の土地(以下「大島二丁目の土地」という。ただし、二、三は登記上被告甲野夏子名義となっている。)とを交換する旨の文書が交わされ、昭和三八年には、亡太郎と原告との間で、大島五丁目の土地と大島二丁目の土地との交換契約が確定的に成立した。そして、右当事者間において、互に右各土地につき交換による所有権移転登記を完了するまでは、各所有名義人(大島五丁目の土地は原告、大島二丁目の土地は亡太郎)が税金を負担し、それぞれ支払う旨約束した。

(二) 亡太郎は昭和四五年一一月二六日死亡し、同人妻花子も昭和四六年九月八日死亡し、亡太郎の相続人は一郎と被告らであり、亡太郎の権利義務を各五分の一の割合で相続したところ、亡太郎は、死亡するまで大島二丁目の土地の税金を支払い、同人死亡後はこれを被告らが支払ってきた。

(三) したがって、原告は被告らに対し、大島五丁目の土地の税金支払分の返還を求めることはできない。

2  原告は、前記交換契約後も大島二丁目の土地を原告本社建物の敷地として使用していたうえ、大島五丁目の土地につき左記のとおり根抵当権を設定して担保物件として利用していたものであるから、大島五丁目の土地の税金を支払っていたとしても当然であって、法律上の原因があり、そうでないとしても、税金を支払う義務のないことを知りながら支払ったか又は同土地を侵奪する目的で支払っていたものであり、いずれにせよ被告らにその返還を求めるのは、信義則に違反し、権利濫用である。

抵当権設定日

金融機関

債権額

1

昭和四二年一二月一三日

東京都民銀行

金三千万円

2

昭和四五年一一月一二日

金五千万円

3

昭和四七年  三月一七日

北海道拓殖銀行

金五千万円

4

昭和四七年  七月二〇日

東京都民銀行

金七千万円

5

昭和四八年  三月二三日

日本信託銀行

金五千万円

6

昭和四八年  三月二三日

協和銀行

金三千万円

3  時効

原告の請求債権中、昭和四六年から昭和四九年までのものは、時効によって消滅しているので、被告らは右時効を援用する。

4  相殺

仮に右主張が認められないとしても、被告らは、昭和四六年から昭和五九年まで、別紙債権目録(二)(以下「別表(二)」という。)記載のとおり、亡太郎及び被告甲野夏子名義で大島二丁目の土地の税金を支払ったが、右は原告所有にかかる土地の税金であるから、原告が負担すべきものであり、被告らは原告に対し、右支払額及び各年度の納付日から昭和六〇年一二月末日まで年五分の割合による損害金の合計額(各被告につき各四分の一)の返還請求権を有するので、原告主張の請求債権と年度の遅い昭和五九年度分から順次年度の早いものに遡って対当額で相殺する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)(二)のうち、被告ら主張の交換契約が成立したとの点及び被告らが大島二丁目の土地の税金を支払ったとの点を否認し、その余を認める。被告らは右税金を支払ってはいない。

2  抗弁2のうち、原告が大島二丁目の土地を原告本社建物の敷地として使用していること及び大島五丁目の土地につき主張の根抵当権を設定したことは認めるが、信義則違反、権利濫用の主張を争う。

3  抗弁3、4の事実を否認する。

第三《証拠関係省略》

理由

一  請求原因1ないし3の事実及び同4のうち、大島五丁目の土地が登記上原告の所有名義であることは、いずれも当事者間に争いがない。そして、《証拠省略》によれば、原告が大島五丁目の土地につき別表(一)のとおり税金(固定資産税及び都市計画税)を各納期限に支払った事実が認められる。

これによれば、被告らは、大島五丁目の土地の共有者(持分五分の一)として税金(各金四九〇万一八九四円)を支払う義務があるところ、原告が右土地の登記上の所有名義人であることから、これを支払ったものであることが認められる。

二  そこで、被告らの抗弁について判断する。

1  被告らは、亡太郎と原告との間で、大島五丁目の土地と大島二丁目の土地との交換による移転登記が完了するまで各所有名義人においてそれぞれ税金を負担する旨の合意があったと主張するが、《証拠省略》によるもこれを認めるに十分でなく、他にこれを認めるに足りる証拠はないので、右主張は理由がない。

2  権利濫用等の主張について

(一)  抗弁2のうち、原告が、大島二丁目の土地を原告本社建物の敷地として使用していること及び大島五丁目の土地につき被告ら主張どおりの根抵当権を設定していたことはいずれも当事者間に争いがない。

(二)  《証拠省略》によれば、少なくとも昭和三〇年以前から、登記上の所有名義とは異なり、大島五丁目の土地は亡太郎が他に賃貸するなどして使用収益していたが、原告としては、登記上の所有名義もあり、自己が所有者であると考えて大島五丁目の土地の税金を支払っていたところ、亡太郎と原告との間で大島二丁目の土地と大島五丁目の土地を交換する旨の契約が昭和三八年(月日不詳)に締結されたとの判決があり、これが昭和五九年五月に確定した(右確定した事実は当事者間に争いがない。)ため、大島五丁目の土地の所有(共有)者である被告らに対し、右支払った税金の返還を求めるに至ったことが認められる。また、《証拠省略》によれば、原告は、昭和四〇年から昭和四八年にかけて大島五丁目の土地に抵当(根抵当)権を設定したが、昭和六〇年二月一八日に被告らから登記抹消の請求があったため、間もなくその抹消登記手続を了したことが認められる。

(三)  以上によれば、本訴は、登記名義上の所有者が真実の所有者に対し支払った公租公課の返還を求めているもので、当事者双方の主張自体に照らして大島五丁目の土地の面積が大島二丁目の土地のそれの約三倍強であることが明らかであること(別紙物件目録(一)及び(二)参照)を考え併せると、右認定の事実のもとにおいて、原告の主張が信義則違反ないし権利濫用にあたるとは到底解されないので、被告らの右主張は理由がない。

3  時効について

本件不当利得返還訴訟の訴えが提起されたのが昭和五九年九月一七日であること、昭和六一年一月二七日の本件第一一回口頭弁論期日に被告らが消滅時効を援用したことはいずれも記録上明らかであるから、原告の本訴請求中、昭和四六年(五月一日の第一期納期限分)から昭和四九年七月三一日の第二期納期限分までの税金(別表(一)番号1ないし3及び4の半額)は時効により消滅したものと認められる。

4  相殺について

(一)  《証拠省略》によれば、大島二丁目の土地の税金(固定資産税及び都市計画税)は、登記上の所有名義人である別紙物件目録(二)一の土地につき亡太郎宛に、同(二)二、三の土地につき被告甲野夏子宛にそれぞれ納税通知書(納付書)が送付されたため、その都度、被告四名において、大島五丁目の土地から生ずる賃貸料の一部をもって右の支払にあてていたことが認められる。

(二)  しかして、原告は、大島二丁目の土地の所有者としてその税金を支払う義務があるところ、被告らがこれを支払ったものであるから、被告らに対して返還する義務があるというべきである。

(三)  原告は、大島二丁目の土地の税金は被告ら各人が支払ったものではない旨主張するが、《証拠省略》によれば、大島五丁目の土地は亡太郎所有のもので、現在相続人は一郎及び被告ら合計五名であるから、その法定果実(賃貸料)は右五名の共有のものであるが、遺産分割の協議が整わないため、乙山竹夫の経営する甲田興業株式会社が同土地を管理しその賃貸料等を保管していることから、被告らにおいて、遺産分割協議が整った際には精算することとして、前記のとおり右保管金の一部をもって税金の支払にあてたものと認められるので、被告らにおいて支払ったとみて差支えなく(他から貸与を受けて支払った場合と異ならない。)、右主張は失当である。

(四)  以上によれば、被告らは、それぞれ、原告に対し、別表(二)「各被告の請求金額」欄記載の債権を有するものと認められるところ、被告らが昭和六一年二月二四日の本件第一二回口頭弁論期日において本訴請求債権と右債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは記録上明らかである。なお、被告らは、前記3記載のとおり、昭和四六年から昭和四九年の第二期分(七月三一日納期限)までの原告請求分に対し時効を援用しているところ、右時効により消滅した分と被告らが相殺の自働債権とする債権のうち別表(二)番号1ないし3及び4の半額(昭和四九年の第一期、第二期分)は各年度ごとにそれぞれ対応しているから、民法五〇八条の法意と公平の観念に照らして、右は相殺に供しえないものと解すべきである。また、被告らは、別表(二)記載の各年度における税金支払額につき最終納期限から年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるが、別表(一)の「各被告に対する請求金額」欄記載の各金員と別表(二)の「各被告の請求金額」欄記載の各金員が各年度(各納期限)ごとに相殺されたとみるのが相当であるから、被告ら主張の損害金は発生する余地はないものと解すべきである。

三  以上のとおりであるから、本訴請求中、被告らに対し、それぞれ、別表(一)「各被告の請求金額」欄のうち番号1ないし3及び4の半額を除いた各年度分から、別表(二)「各被告の請求金額」欄のうち番号1ないし3及び4の半額を除いた当該同一年度分を差引いた額(別紙債権目録(三)「認容額」欄記載のとおり)及びそのそれぞれに対する最終納期限である同目録(三)の各年度の「損害金起算日」欄記載の日(別表(一)も同じ)から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で原告の請求を理由あるものとして認容し、(なお、計算関係については円未満切捨て。)、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉崎直彌)

<以下省略>

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